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2011.09.21

放射能は「毒」ではない

正確には「放射性物質は・・・」と書くべきでしょうが、言葉として座りが悪いので。
はじめに誤解無きよう書いておきますが、「安全である」と言いたいのではありません、全く逆です。

ニュースなどで「放射能の除染・・・」とか「浄化作業・・・」と耳にしますが、私は多いに違和感をおぼえます。
「毒物」は化学物質ですから化学的に分解・浄化が可能です。例えば俗に「青酸カリ」と呼ばれる「シアン化カリウム」、ひところ日本中を騒がした「ダイオキシン」etc・・・
これらは酸化、還元、分解、焼却などで無害化する事が可能です。

これに対し放射性物質(正確には放射性同位元素)である放射線発生源となる「元素」は化学的に分解する事はできません。
今回の原発事故で放出された代表的な核種はヨウ素131、セシウム137、ストロンチウム90などです。
数字は原子量で、ヨウ素の場合であれば自然界に存在するのはヨウ素127でこれは無害であるどころか人間(動物)の生存には不可欠な物です。このヨウ素127を多量に接種すれば有害なヨウ素131を人体に取り込まず排出され易くなる、というのが事故直後に「ヨウ素製剤:ヨウカカリウム」が品薄になった原因です。

理科の時間に「周期律表」というのを習った経験があったと思います。我々化学を習った者にとっては「周期律表は縦に覚えよ、というのが先生の教えでした。

Ⅰ族であれば、「水素、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム、セシウム、フランシム」とお経のように唱えたので今でも頭に残っています。
「セシウム」出てきましたね。これらの元素は性質が似ています。ナトリウム、カリウムなどと似ているという事は、これらの化合物に紛れ込んで来る(表現は変ですが)という事です。

同様にⅡ族は「バリリウム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチム、バリウム」報道で「セシウムは骨に溜まり易い」と言っていたのはカルシウムの親戚?だからです。

福島原発での事故後に東電が導入した「浄化設備」なる物も実際は「濾過沈殿分離」「吸着」「イオン交換膜」などの組み合わせです。これらの処理でできる事は実際には「濃縮」「移動」または「拡散」であり、物質を動かしているだけです。ヒマワリに放射能浄化効果ありと話題になりましたが、これも根から吸収、つまり濃縮・移動に過ぎません。もっともこれには科学的根拠はないとも言われていますが。
昔環境関連の学会である種のシダが「砒素」を選択的に吸収するという報告を聞いたので、植物にこのような選択吸収作用はあるのでしょうが。

学校の校庭浄化として表土を削ると1/10になった、とかのニュースも見聞きしましたが、これも「削った土はどうするんだ?」という疑問が残ります。福島の設備について放射性物質が高度に濃縮された汚染水やスラッジ・灰などが蓄積されているのです。

「福島の人は気の毒だ」では済みません。NHKで毎日放送している関東圏の放射能情報で群馬県は「それ」以前と変わりない値だと報道されていますが、一方赤城大沼でワカサギから基準以上の放射線が検出されて9月1日の解禁が延期になり地元は大変な打撃を受けています。その余波で榛名湖でも延期となったようです。
これらのカルデラ湖は流れ込む大河がないので水が更新されず、以前数回起こった「水素爆発」の際に空間に放出された核分裂生成物(放射性元素)が流されて来たのでしょう。

「水素爆発」という用語も「水蒸気爆発」と混同されそうな(それを狙った)表現だと思います。
なぜ水素が発生したのか?原子炉の心臓部の燃料棒(ウラン)が暴走を起こして温度上昇して熔けして冷却水の中に落ち(メルトダウン)、このウラン(及び核分裂生成物)と反応して水素ガスが発生したのです。
ですから、水素爆発が起こったというのは大変深刻な事態なのですが当時は敢えて「重大ではない」と報道されていました。
これは20年近く前のバブル崩壊の際を思い出させます。大したことない→実は大変だった

このような面からは我々も被曝者(被爆ではない)なのです。

10年ほど前に青森県の六ヶ所村再処理工場を見学する機会がありました。その際、使用済み燃料棒保管は水に沈められ、更に見学用のガラスは60cm(?記憶あいまい)で遮蔽されており安全です、と説明されました。
私は「そんなに危険なシロモノなのだ」と思いました。
更に最終処理はというと「ここはまだ中間保管であり、最終的には加熱してガラス状に固めて地中に埋没処理します」との説明。つまるところ「移動」に過ぎません。

もちろん、この時点で福島原発の事故を予測していた訳ではありませんが、PR用に立派な設備を備えたりしていた事を併せて「巨大な利権構造と胡散臭さ」を感じたのは事実です。
「埋めてしまえばおしまい」というのは要するにゴミを埋めて見えなくする、というのと同じです。
この問題に真剣に取り組んだのが「10万年後の安全」という映画です。
http://www.uplink.co.jp/100000/
我々日本人は(いやな事ほど)すぐ忘れると言われますが、この気長さは見習うべきでしょう。

核分裂も核融合もその「実用化」の始めが原爆と水爆という「制御不要・制御無視」という爆弾兵器だったというのが象徴的です。

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Comments

ヨッシーの父さん
「原子力村」「原発村」という言葉があるように「その仲間」意識が芽生えるのでしょうか?

Posted by: Hocke | 2011.09.26 15:38

10数年前、写真部新聞部の合同合宿で、東海村の原子力施設を見学したことがあります。その説明で、彼らはすっかり原発賛成派になっていました。夜のミーティングで、原発の危険性を他の顧問と特別講義をしたことを思い出しました。
東海村で臨界事故が起こったのは翌年のことでした。生徒たちも核の怖さを知ったようです。今年、その事故でなくなった人を取材した「朽ちていった命」(新潮文庫)を読んで、放射線被曝の怖さを再認識しました。

Posted by: ヨッシーの父 | 2011.09.22 23:11

伊勢さん
色々考えてみましたが、結局そこへ行き着くのだと思います。

Posted by: Hocke | 2011.09.22 08:38

やはり、放射性物質を濃縮して高濃度にして、汚染された物質の容積を小さくして、隔離するしかないのでしょうか。

Posted by: 伊勢 | 2011.09.21 19:38

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