2017.10.27

世立八滝と霧降の滝

旧六合村にある世立(よだて)八滝が気になっていました。
26日、全国的に晴れ!の予想で決めました。案内も入手できたし。
「17102602.JPG」をダウンロード

1.大仙(おおぜん)の滝
2.段々(だった)の滝
3.箱の滝
4.久内の滝
5.不思議の滝
6.井戸の滝
7.殺人(さつうぜん)の滝
 ここまでは白砂川支流の八石沢川にかかりますが、
8.仙の滝 だけは依田尾川にかかります。

5,6は見学不可とありました。
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浅間が真っ白!(高崎市内から、もちろん望遠)

.大仙の滝の向かいにあるドライブイン駐車場に車を止め、歩く。
霜が降りていました。

ここは道も良く、冬に来た事もあります。
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大仙の滝:落差15m

ここから7.殺人の滝までは遊歩道が続いている様だが、離れており車で。
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今月初め、中之条ビエンナーレを見に来たあたりから見た浅間山、右に黒斑山

7,8の案内板がありました。
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仙の滝:落差15m、岩の間から奔り出るような流れ、日の当る午後にまた来よう!
五郎を連れて来なくて良かった、彼の苦手な梯子が沢山!

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滝の手前の岩にこんなのが!

また車で殺人の滝へ向かう。
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落差20m、途中の岩で水が跳ね上がる。赤城山麓の「乙女の滝」大きくしたようだ。
ここも午後来よう。

先ほどの展望台から
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白根山方面。

朝の駐車場に戻る。
大仙の滝のよこの階段を登ると
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「天狗の足跡」高揚が見事
今度は下ると
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段々の滝:落差20m、豪快です。
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キノコと滝の共演?

さらに登る、箱の滝(4m)は樹間で良く見えない・・・
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久内の滝:落差3mだが滝壺は大きいらしい。これも望遠で。
ここから仙の滝へ登る道と左へ行き国道に向かう道があり、こちらを選ぶ。
正解で、長い階段や梯子を歩かずに済んだ。

ドライブインで昼飯を食べ、一作日行った「霧降の滝」へ向かう。車で20kmちょっと暮坂峠を越える。
大岩不動を目指す。ここからは一作日記録です。
入り口には「県天然記念物・三又杉1.1km」の表示が。
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歩きだしの渓流

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樹齢700年の三又杉だが伊勢湾台風で1本折れたらしい。

すぐ先には大岩不動尊
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階段は苔むし、岩を背に立つ、おいしい水が出ている。

その脇には
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ヒカリゴケ

横の山道を登るとすぐに
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霧降の滝、雨の後で水量が多く豪快な感じ。
「青空の時に見たい!」

と言う訳で今日もきました。ここからは・・・
時間を計ったら下から25分、
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今回は霧が降っていました。日光にも同名の有名な滝がありますが。

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落口を高速シャッタ-で、

この後、再度戻って、殺人の滝と仙の滝を再訪。
時間がやや遅く、滝本体は陰になっていた、残念、また来なくちゃ・・・


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2017.06.28

摩周湖は見えた!今年の北海道

6月末の恒例、サロマ湖100kmマラソン参加のため今年も北海道に、関東と名古屋のチームに混ぜて貰って楽しんだ。
行きはJAL系のLCC日本コミュータ航空で新千歳空港へ。仲間と合流して常呂町の宿へ向かう。
約5~6時間。この日の昼食は道の駅で、私はエゾシカ担担麺、他のメンバーは海鮮塩ラーメンや生姜焼定食。
この時期「梅雨のない北海道」が売り物だが今年はぐずつき気味・・・

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宿はココ、小学生の林間学校用施設。
とりあえず近所の「遺跡の森」を散歩、先月ヒグマが二頭出たが、今は立入可。
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「縄文の村」はわかるが、「擦文(さつもん)」は初めて聞いた。内地の平安時代に相当する頃の北海道先住民族文化らしい。
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これが復元された擦文の住居。
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サロマ湖の夕暮れ、
今晩はここでごちそうを。
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魚屋さん(食料一般)の斎藤商店、マラソン時の私設エイドとしても有名。左が料理や「白帆」
この時期はランナーのたまり場になる。
新鮮な刺身やカスベ(エイ)の煮物を味わいながら生ビールをぐい、そして
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タラバガニと北海シマエビを食べながら焼酎のお湯割り。あまりは宿に持ち帰り晩酌・・・

翌日は観光で摩周湖へ。
ただ小雨模様なので「霧の摩周湖」となる可能性が強い。
途中小清水辺りで休憩。
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北海道のシンボル(と私が勝手に思っている)ルピナスは至る所に咲いていた。
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途中で遥かに斜里岳が見えた、感激!次の機会には登りたいなあ。

弟子屈(横綱大鵬の故郷として耳にこびりついている)まで来ると
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硫黄山(アトサヌプリ508m)が真近に見える。火口のすぐそばまで行けるらしい。
急な道を登ると摩周湖展望台。反対側には
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先ほどの硫黄山が見下ろせる、期待できるかな?
アプリでの展望図にはアイヌ語名で載っている
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そして、、、
Masyuuko
手前に見えるのはカムシュ島らしい
また展望図を
Masyuu
手前の山は摩周岳 (カムイヌプリ857mらしい。
遠くに斜里岳も見えた。
辺りには花がイッパイ、代表的なのは
Ezohuuro
エゾフウロ

さあ、下山して屈斜路湖で温泉に入ろう!
途中立ち寄り
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美幌峠は霧に閉じ込められ屈斜路湖は霞んでいた。
ここに美空ひばりの「美幌峠」の歌碑があり、♪美幌峠に~霧が降~る♪その通り!
途中の小さなレストランで昼食。私ともう一人はエゾシカハンバーグ、他の二人はエゾシカカレー。
(連日エゾシカだな・・・)
屈斜路湖の和琴半島に行くと「大露天風呂」の看板が、三香温泉400円、なかなかいい湯だった。
そばの林でエゾリスを見たが、風呂なのでカメラは持っていなかった。柔らかい泉質でシャンプーも良く泡立った。
すっかりのんびりすて湖反対側の「砂湯」へ向かう。
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足湯があるが、このあたりは
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浜の砂をちょっと掘るとお湯が、結構熱い、ただ砂は崩れやすいので人が入れるサイズを掘るのはなかなか難しそうだ。
この日はマーケットで寿司やつまみ、酒を買い込み部屋で宴会、翌日はレースなのでほどほどに。

翌日のレースは終日雨でした。
最終日は帰るだけ。斎藤商店で家に送るカニを頼んでから出発。
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途中、層雲峡で山菜ラーメンにした。マイタケ入り。
ここから下る途中で、
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エゾシカに遭遇!

帰りの便はANA系のLCCエアドゥー、夕方便の機内ではサッポロクラシック缶(おつまみ付)が200円だった。


 


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2017.05.18

大井川鉄道と寸又峡温泉の旅

中学校時代の同級生3人でもう何十年も続けている年に一回の旅行。昔は子供達も入れて大人数だったが、最近は夫婦同志6人で。今年は残念ながら直前にお母さんの体調不良と言う事で2組4人となってしまったが・・・

今回は大井川鉄道で汽車に乗り寸又峡温泉でゆっくりすると言うプラン(幹事は私ではない)
幹事さん夫婦は関西から新幹線で、我々は群馬から車で行き、大井川鉄道金谷駅で合流。

幹事さんの意向で男二人は金谷から汽車に乗り、女性陣が車で宿に向かう事に(五郎:犬)がいるので。
途中「このポイントで撮影してくれよ」と頼んだらしい。
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C62。昭和11年製でした。

実は群馬でも上越線と信越線で休日に汽車を運転しており、我が家でも窓を開けるとたまに汽笛が聞こえます。
またラン仲間と長瀞から下流へ走るイベントの時に秩父鉄道で見た事もあります。
ただ、乗ったのはしばらく記憶にない~

新金谷発11;52
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旅の友はやはりコレ、車内販売でもう一本追加・・・
客車には本当の「網棚」もアリ

「昔夜行列車で山に行く時、定番の23:45新宿発でなく臨時のそのあとの岡谷行きは汽車だったよなあ」
「八ヶ岳に行く時乗った小海線は、一旦降りても走って追っかけたら乗れたよなあ」
思い出がよみがえります。
「トンネルでは煙が入らぬ様窓を閉めたよなあ」おっと~ 石炭の品質がいいのか、臭いは昔より薄いような

という訳で男二人汽車に乗り~
途中「川間温泉付近の河原で撮るよ~」との電話
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丁度露天風呂の客が手を振っているあたりでした。

汽車終点の千頭で乗換え、ここから売り物の「アプト」かと思ったらまだでした。
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これがアプト、途中「アプトいちしろ」から「長島ダム駅」の間、専用機関車が後押しします。
最大0.9%の傾斜だそうな!
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振り返って。

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長島ダム、なかなか迫力ありました。
この日(我々)の目的地は「奥大井湖上駅」
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明日は上から撮ろう。
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今日はこれに乗って帰る。

宿はココでした。寸又峡温泉でも大きな旅館、
ただ、食事処は沢山あり、団体客に圧倒されることはなく、湯もねっとりしたいい湯でした。
我々世代には「寸又峡=金嬉老事件」と連想してしまうのだが、山深い静かな温泉街でした。

翌日、女性陣は朝のバスと列車で大井川鉄道の「家山駅」まで戻り、そこから汽車に乗って我々と同じ湖上駅まで行くというコース。二日にわたり女同士で色んな話をそただろうが、知らない~

我々男同士は(五郎も含めて)どこへ行こう?
「秘境駅」ろして有名な?湖上駅を上から撮りに行こう、と決めた。
寸又峡から約15km、道は悪いがそんなに遠くはない、
途中の道沿いに小さな滝が
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「不動の滝」とか、いや~全国にこの名前の滝は全国にいくつあるんだろう?
紅葉の時期の絶景ポイント!

そして、来ました撮影ポイント!
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しばし待つと、登り(上りでなく?)列車が!
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確かに絶景でした・・・

そのあと寸又峡まで戻り、宿に車を置いて五郎と三人?で散歩。
目的地は寸又峡で一番有名らしい「夢の吊り橋」へ向かう。
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これは番外・・・
昼は蕎麦にしました。

約2kmと言う事で腹ごなしにちょうどいいと思ったが、道路から結構急な下り。
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「猿並橋」を見下ろす。
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これが「夢の吊り橋」ダム湖の色が幻想的・・・
詳細はこちら。
怖くはありませんが、踏み板の幅は狭く、途中から五郎はビビリまくり(確かに川面が近いよな)。なだめながらなんとこ渡り切りました。ふう~~

ここからは急な階段登りが続く、、でも地に足が付く五郎は元気回復「怖い思いをさせてごめんね」
登り約80mありました。
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飛龍橋、これを渡って戻るのだ。
途中夢の吊り橋が時々見下ろせました。

さて、まだ直接宿に戻るのは早いので、外森山を回って帰ろうと提案、実はちょっと登りがあるのだが、昔一緒に山を歩いた仲なので大丈夫だろう。
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コースに入ってすぐに「落ちない大石」
世界には色々あるそうな
http://athena-minerva.net/sizen/1253/
ここはアカヤシオの群生地らしいが、群馬で盛りを過ぎているので当然無理だろう、
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右の淡い赤色がアカヤシオ、濃い丘がミヤマツツジらしい。
麓540m、山頂670m、ワハハ。
この先にはアセビが群生していた。
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山に来ると五郎は元気で走り回る、ただ歳のせいか(実質私と同年)夜は熟睡だったらしい。

今夜の武器?を物色
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吟醸、純米、原酒 を試飲し、純米を購入しました。四合瓶は一人分・・・

翌朝、朝食後に来年は6人(三家族)で会おう、と誓って解散。
帰りは車、昨日の女性陣の情報で「家山駅」による事にした、
途中で、列車が来そうなポイントで
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帰ってから聞いたら、この車両に友人夫婦が乗っており、カメラを構えた私を「待っていた」と思ったらしい・・・

そのあと、一昨日我々が渡った橋の場所で汽車を待つ
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汽車(SLと言う言い方はなんか軽くて好きじゃないんですね)
家山駅へ、
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映画「ぽっぽや」に出てきたらしい。
ここでの名所はここらしい
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「たいやきや」抹茶たいやき(昨日買ったおみやげを貰ったが)や焼きそばが名物らしいが、休み・・
対面の店に入った。店名は「たばこや」
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豊富なメニュー

本日のランチ「カツ煮定食」850円
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満腹でした。オワリ

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2017.02.21

三分の二の旅?(カルストと天満宮)

日本全県ナラソン走破を目指しているが、今残りは福岡と熊本だけになった。今回北九州マラソン(福岡)が抽選で当たり初参加。地方遠征はついでにプチ旅行ないし登山が恒例。(どっちがついでか?)

本番(レース)は2月19日だが前日受付必須なので18日に福岡入り。
悪い癖で事前調査はあまりせずに空港、機内、移動の車内で情報調べ。現地に行かないと得られない情報もあるし。

で、結論は平尾台カルストの一隅にある「千仏鍾乳洞」に決定!
福岡空港~博多~小倉~石原町と列車を乗り継ぐ。
無人駅で待機していたタクシーに。石灰岩を削ったような山が間近に見える。
「今日は山焼きなので」ラッキーなのか否か良くわからない・・・

近くに行くと整備員が「今日は山焼きなので鍾乳洞は閉館です」アララ! 周辺を見物しようとここで下車。
近所には「牡鹿鍾乳洞」もあるらしいが、ここも立ち入り禁止らしい。
降りた場所は「平尾台自然の郷」とある。

平尾台は「クロスカントリーレース」で有名。あとで調べたらここをスタートしてこれらの鍾乳洞周辺を巡るコースで、山焼きはその準備でもあるらしい(運転手さんの話)来月開催される。
そう言えば彼が「ここは日本三大カルスト」と言っていた。「秋吉台は有名だがもう一つは?」と聞いたら「??」
まあ良くあることだが。
「四国カルスト」らしい。知らなかった~。

2013年にウルトラマラソン「萩往還」を走った後に行った「秋吉台カルスト」
Akiyosi
もちろん「秋芳洞」が有名だが、本当はこのカルスト台地が見たかった~!

小規模なのは三重県の藤原岳頂上付近で見たが・・・

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確かに煙と僅かに炎も見える。
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焼いた跡が黒く見える。
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ちょっと登ると石灰岩の露岩が壮観!
ヘリの下に遠く憧れの由布岳が見えた!
左には別府の鶴見岳も。(ここには映ってないが)
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まだ日が沈むまで時間があるので目の前の「大平山」まで登ってみよう!
標高586m、登ってから知った(笑)。
そう言えば、私が初めて登った山が小学校の遠足で行った栃木県の大平山343mだった!!
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こんな露岩がカルスト台地の特徴

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まだ焦げ臭い臭いがするが、道は整備されており歩きやすい。

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30分ほどで山頂に着いた。
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山頂は樹林の中だが、ちょっと外れると雄大な眺めが。

下りはトレラン風で楽しい。
ルートはこんな感じ、
「Screenshot_2017-02-20-15-03-11.png」をダウンロード
GPSデータでは標高差233mだった。登山とは言えないな。

下る途中で呼んだタクシーで戻る途中で「20年ほど前?に山焼きで20人以上死亡者が出たんですよ」
と聞いたが、帰ってからTVで秋吉台での事故を知りびっくり。

翌日の北九州マラソンの記事はこちら
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翌21日、福岡で大壕公園をのんびり走ろうと思ったが朝から雨。
考えた末、太宰府天満宮に決定した。雨の時は寺社巡りか博物館がいいが、大体博物館・美術館は月曜閉館だし。
博多のホテルからバスで薬院~西鉄で二日市乗換で太宰府駅へ
駅前でいかにもランナー風な人を見かけ「昨日走ったんですか?」と声をかけたら、「ランナーですが今回は観光です」。話してみると愛知の方で女房の生家から遠くないみたい。
話が合い一緒に歩いた。

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すぐに大きな鳥居が
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立派な門

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有名な「飛び梅」と本殿。
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天然記念物の大樟、なんと大正時代の制定、根張りが凄い迫力。
この上に「竈門神社」と言うのがあるたしいので一緒にそちらへ向かう。
案内には徒歩30分とあったが・・・
距離は2km強だがずっと上り。100~150mあったんじゃないかな?
とても普通人は30分じゃ無理だ。

地中右に「天開稲荷大明神」とあり、立ち寄る。彼(愛知の方)も「ガイドにありぜひ行こう」と。
ちょっと登るとありました。
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珍しいのはジャラジャラ鈴を鳴らす縄?が12本あり自分の干支を選ぶ。
奥ノ院は古墳みたいだったが意外と有名なスポットらしい
元に戻り更に登る。一旦上がった雨がまた降ってきた。
長い階段を上がると
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来た甲斐がある、と思える由緒あるらしいお宮でした。

先の「日本三大カルスト」ではありませんが、「日本三大天満宮」もあるようで。
もちろんここが本家と思いますが、あとは「防府天満宮」
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2012年の防府読売マラソンの際にお参りしました。建物はこちらが立派!
あとの一つは京都の北野天満宮らしい。

京都マラソン、やはり行こうか。
四国カルスト行くには愛媛マラソンか?
標高1400mあるので冬場は無理だな。
四万十の短い方かな?

動機が不純かな?

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2016.11.04

草競馬を見に行った!

11月3日開催の「ぐんまマラソン」にエントリーできなかったので(?)同日に行われ前から気になっていた
「望月駒の里 草競馬大会」に行ってきました。
午前中予選、午後決勝という事でしたが11時頃到着。
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場所は佐久市望月町で中山道の宿場町で以前走ったところ。昔から馬の生産が盛んだったようで、石仏(道祖神)の多い場所としても有名。
会場は観客でいっぱいですが殆どが地元の様でなごやかな雰囲気、適当な場所を探して陣取りました。
屋台も沢山出ています。

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馬が沢山繋がれています。

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額にハートマークのある馬、地方競馬で走ったこともあり人気だったとか。

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ポニーの「おはぎ」号、偶然座った場所の隣がこのグループでした。

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相馬野馬追いの実演があるようです。

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珍しい「月毛」の馬、初めて見ました。中間種らしい・・・きれいです。

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子供たちを乗せて馬車が回る、などのアトラクションの後

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相馬野馬追いのデモ、鎧姿での疾走は迫力ありました。

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観客席に犬もいたので五郎を連れて。

さあ、いよいよ競争の始まりです。プログラムによると
・ポニー競馬
・中間種での速歩(走らない)
・競走馬のレース
・中間種のレース
・農耕馬・道産子レース
など11レースが組まれていました。出走馬は3頭から7頭位。1周400mのコースを何周かします。

まずはポニー
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騎手は子供が多い

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これが意外と速くてびっくり。

次の「速歩」では入れ込んで走ってしまったりで大笑い。
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さすがに競走馬のレースは迫力ありました。
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6周(=2400m、ダービーと一緒)や8周(=3200m、天皇賞と同じ)など。

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競馬場と違い、かぶりつき で見られます。

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いよいよ「おはぎ」の出番、トトロ もいます。
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なかなかの迫力、ほとんど子供が乗ってますが、
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おはぎ、にはお父さんが騎乗で大苦戦。残念ながら再開でしたが無事完走
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おまけに同じポニーと言っても、おはぎ(右)は短足・・・良く頑張った!

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最後のポニー競争でハプニング、スタート直後に子供が振り落とされた!あとで救急車が来ていたが。

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最後に農耕馬のレース(残念ながら道産子はいなかった)を見て帰りました。
いや~中々楽しかった。

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2016.09.07

新潟から山形へ

この時期の恒例、鶴岡ウルトラマラソンに参加するために女房と五郎と一緒に車で向かいました。
前橋ICから関越道に入り、新潟市を過ぎて村上瀬波ICで降りて笹川流れに。
ここは約10km続く美しい海岸です。
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岩が、水が、美しい。
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岩に洞門が空いています。
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近くに寄ってみると
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気持ちよさそうに泳いでいました。
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道の駅でお土産に藻塩を購入し、駅前の食堂で昼食。
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ちょっと贅沢に岩牡蠣定食、満足でした。有名な店らしく、
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こんな物も。106歳の時!

鶴岡で開会式に出席しホテルにチェックイン。夕食は日本海側に展開している回転寿司チェーン店で。
これも美味しかった。
翌日私はウルトラマラソン参加、女房と犬は滝めぐりと庄内霊場巡りに。デジカメを預けて撮影を依頼。
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鳥海山
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不動の滝(別名 開運出世の滝)
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玉簾の滝、楽さは63mで単独では山形一!

夕方合流して、こまぎ温泉に送ってもらう。
汗を流し、ホテルで着替えてから私は閉会式へ。

翌日は予想が外れて晴れ、という事でもうひとつの滝「七ケ滝」へ向かう。
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左が月山
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滝の手前に、「旧遠藤家 兜作り多層民家」というのがありました。説明を読むと内部は4階建てになっているらしい。休館日で内部見学できまかったのは残念。
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七ケ滝は対岸から望む、上段50m+下部40m合計90mは山形県随一。
暑いので、道の駅でこれを
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山ぶどうソフトとシャーベット、こちらはより濃厚でした。

昼食は道の駅「あつみ」で煮魚定食を
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私はカワハギ
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女房はタラ、共に大きくてびっくり!
時間があるので、途中道の駅併設の朝日まほろば温泉で一浴
ナトリウム-硫酸塩・塩化物・炭酸水素塩泉、PH7.7という事でトロッとしたいい湯でした。
これで今回の旅行も終了し帰路に。
来年はどこへ遊びに行こうか?

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2016.06.15

岩手、浄土ヶ浜「青の洞窟」

岩手県の北上市から雫石まで北上する「いわて銀河100kmチャレンジマラソン」に参加しました、4回目です。

夕方までに北上市の受付場所に行かなければならないので、新宿から夜行バスに乗りました。
新設の「バスタ新宿」から。

5時過ぎに盛岡着
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岩手山が出迎えてくれました。

ここから宮古まではバスで。JR山田線は「東北地方太平洋沖地震」」の影響でまだ一部が不通なので。
表現でこだわる様ですが、「東日本大震災」の影響ではなくて・・

約2時間で宮古、浄土ヶ浜行きのバスまで1時間。5km足らずなので待つよりは、と駅のコインロッカーに荷物を預け、空身でのんびり走ろう!

駐車場展望台から
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確かにあそこだな?

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観光船かな?

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水もキレイ!

観光船に乗ろうかと思いましたが「青の洞窟観光船」というのがあるらしい、行ってみよう。
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小さな船で客が来ればすぐ出ます。1500円、色々説明してくれました。

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サービスのかっぱえびせんを狙って海猫が付きまとう。

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柱状節理と波に侵食された岩が剣のよう

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自生のわかめ

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あの穴に入るようです。「季節・天気・時間により様々な糸になります」

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振り返ると、青かった! これは一見の価値ありますね。

約40分で浜に戻りもう少し散歩。
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ハマナスの花

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ニッコウキスゲ

奥浄土ヶ浜、という場所、ここですね、紹介されえているのは
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背景が青空でないのが残念。

私は宮古駅から走ってきましたが、バス180円。自家用車を入口に止めれば無料のハイブリッドバス?が巡回しています。


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2015.12.25

萩さんぽ(2)

松陰神社から東光寺へ向かいます。
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東光寺総門、ここの横を登ったなあ。境内は広い。
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ここが本堂だが、入口で教わった裏側の毛利家廟所を目指す、
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五百基の石灯籠、奥に毛利家の墓が。ここは圧巻でした、萩に行くなら是非御訪問をおすすめします。
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この鬼瓦はNHK大河ドラマ「太閤記」のタイトルバックに使われたそうな。
見所の多いお寺でした。そろそろお昼ですが、歩行者道で戻ります(バスを使う気なし)

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花の頃は見事でしょう、右の小川にはカルガモ、コガモがいました。
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これは櫨の実でしょう、蝋燭の原料。
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居酒屋風ですが、ここで昼食。海鮮丼が日替わりサービスで600円!生ビールを飲んで1100円でした。大当たり!
市内中心部に戻り、藩校明倫館へ
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南門です。さらに旧城下町を目指して行くと中央公園に
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山県有朋像、
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久坂玄瑞像、大河ドラマでその名を初めて知りました。
そして
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高杉晋作像。ここから少し歩くと
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晋作の生家、さらに歩くと
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立派ななまこ壁、菊屋家住宅です。藩の御用商人だったとかで、館内には中国の焼物や
古萩、数々の絵画(狩野 探幽、椿椿山、円山応挙などのビッグネームも)が!
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湯床、脚の長い桶が珍しい
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岩倉使節団の伊藤博文から送られた掛け時計、ちゃんと3時には鳴りました。

少し遠いけど萩城に
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萩上外堀北の総門と土塁
途中看板を見て寄り道。
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旧周布家長屋門
このあたりの道も好もしい
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海岸に出、萩城址へ
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左のやや高い石垣が天主跡。奥に志都岐山神社があります。
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本殿。一段高い場所にありました。
ここの境内には萼が緑色の「ミドリヨシノ」という桜がありました。

さあ、あとはバスセンターに戻りがてら、野山獄跡を見学しましょう
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松陰が入れられた野山獄(ドラマではかなり自由だったような)
従者は向かいの岩倉獄に入れられたそうな、厳しい身分制度。

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こんな古そうな醤油工場がありました。

一部見残した場所はあるかも知れませんが、歩いたおかげで意外な所にも行けました。
スマホを見たら、ほぼ3万歩歩いていました、約20km?!


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萩さんぽ(1)

防府読売マラソンの後、夕方の懇親会に出てから新山口泊、翌日萩市内を散歩した。
新山口駅前からバスで萩バスセンターへ、ここから市内循環バスで「しーまーと」まで
Map
一回100円、500円で1日フリーパスもあるが、バラ券にした。
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案内板は豊富にある。この先の国道は春の萩往還で走ったなあ・・・
セブンイレブンの横の丘がそうだった、ガソリン?を仕入れる。
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萩反射炉、世界遺産(明治日本の産業革命遺産)に指定されており、現存するのは伊豆の韮山とここだけらしい。
更に歩けば「恵比寿ケ鼻造船所跡」ここも世界遺産らしい
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まだ発掘の真っ最中
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この石造堤防だけが現存する物らしい

ここからマップで松陰神社を探したらなんと「8日と6時間!」東京の松蔭神社を探し出したらしい、
正規に指定すると25分ほどなので、バスを待つより歩こう。
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萩焼窯元の登り窯、ここも萩往還で走った記憶が
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松陰神社正面、横は走ったけど入るのは初めて!
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これが松下村塾、短期でよくもあれだけの人材を・・・
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宝物館前の池、PLを効かせて。
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松陰神社本殿
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松蔭幽囚の家、もありました。
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旧松蔭神社
ここから歩いて東光寺を目指します。

狭い道を行くと
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伊藤博文旧宅
そして
玉木文之進宅
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ここが元来の松下村塾だとか、しかし 萩は街中が博物館ですね。

その(2)に続く(添付写真サイズ制限で)


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2015.11.30

島原旅行記その2、日本三大○○を発見!

橘湾岸スーパーマラニック(100km)を走った翌朝、疲労感があまりないので、走りながら気になった「金浜眼鏡橋」まで行きました。2km少し先のあたり。
01でも「片眼鏡」・・・
小浜温泉周辺を約7km走り時間調整、温泉オープンまでの。缶ビールを飲みながらブラブラ。
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ここです。300円、ややぬるめでのんびり入れました。
風呂上がりにはビールも飽きたのでハイボール。足湯に入ったりごろごろしながら時間をつぶし、昼飯には名物の「小浜チャンポン」を、表通りの店には行列が、雑誌か何かで紹介されたのかな?行列嫌いの私は当然パス。
昨日最後に走りながら温泉街で見つけた店へ。
02
和食・洋食もやっているようで、まさに「チャンポン」向きでは?
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正解、魚介だしの効いたスープがうまかった。コップの中身は水でなく焼酎、大分減ってますが・・・

食後に小浜の街をブラブラ、04
近そうなので寄ってみよう。
05イチョウはまだ黄葉してませんが、
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水流を活かした庭は見事でした。
更に歩くと
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上之川湧水/炭酸泉、いずれも近そう。まずは湧水へ(島原にも湧水が多かった)
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あまり冷めたくはなかった。
次の「炭酸泉」はちょっと解りにくい場所だったが、意外に良かった。
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刈水鉱泉と呼ばれ26度程で、炭酸以外に塩分、微量の硫黄を含む独特の味。昔は温泉場だったと子供たちの作った看板にありました。

このような温泉を使った?のがこれ
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「湯せんぺい」、私的には兵庫宝塚温泉の「炭酸せんべい」、我が群馬は磯部温泉名物「磯部せんべい」と共に「日本三大炭酸せんべい」としたい。
今晩は諫早泊まりなので時間は充分ある。思い立って暗い中を走った(歩いた)原城へもう一度行こう!
バス停で教わり、口之津で乗り換え、レースでのCP1、第二エイドだったなあ
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天草へのフェリーターミナル。ここも行ってみたい。(来年?)
った
原城址は石垣だけでしたが、ここを暗い中大勢のランナーが走ったんだな~、兵どもが夢の跡・・・
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天草四郎像、気品ある顔立ちだなあ、と思ったら北村西望の作だとか。
西望と言えば有名なのがこれ
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今夏長崎で見た「平和祈念像」
また高崎市役所そばの
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「将軍の孫」各地にありますね。
この三体を「西望三大像」と勝手に命名・・・
諫早に戻り、居酒屋(チェーンではなく本来の)で飲みすぎ・・・

翌朝、昨夜の店でお客さんに聞いた「諫早の眼鏡橋」を通って駅へ。
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立派です。橋の長さは49.25m(長崎の眼鏡橋の約2倍)とか。
1957年7月の諫早水害で本明川の流れを堰き止め、被害を拡大させたとの指摘もあり、河川の改修工事にあわせ、解体する案も浮上したが、諫早公園に移設された。
眼鏡橋と言えば、

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長崎市の眼鏡橋、
先の金浜と併せ「長崎の三大眼鏡橋」と命名・・・
諫早神社には大きな楠が沢山ありました。
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最後に、天草の乱につき、原城にあった碑文を全文記載します。
徳川幕府の、キリスト教徒弾圧
同時に、松倉重政、勝家父子二代にわたる悪性によって、
その日の生活を脅かされた有馬地方の信徒は、天草四郎時貞を盟主として、
幕府軍との一戦を決意。
 天然の要害、原城は、たちまちにして、修羅の巷と化した。

時は、寛永十四年十二月(1637年)。
 幕府の征討将軍板倉内膳正重昌は、諸藩の軍勢を指揮して、
総攻撃を加えること実に、三回。
 しかし、信仰に固く結束した信徒軍の反撃に惨敗、重昌、自らも、戦死した。
思わぬ苦戦に、あせった幕府は、老中松平伊豆守信綱を急派。
 陸海両面より、城を包囲。やぐらを組み、地下道を堀り、
海上からは、軍船の砲撃など、四たびの総攻撃。

 遂に、信徒軍の、食糧、弾薬ともに尽き果て、二の丸、三の丸、天草丸、
本丸と、相次いで落城。
 主将四郎時貞をはじめ、老若男女、全信徒相抱いて、古城の露と消えた。
これ、寛永十五年二月二十八日である。
 その数、三万七千有余。

思えば、何ら訓練もない農民たちが、堂々数倍に及ぶ、幕府軍の精鋭と
矛を交えること数ヶ月。
 強大な武力と、権勢に立向った、団結、情熱、信仰の強さ。
墜に、悲憤の最期を墜げたとはいえ、この戦乱は、当時の国政の上に、
痛烈な警鐘となり、人間の信仰の尊さを、内外に喧伝した。

 史家をして
「苛政に始まり、迫害に終わった。」
と、いわしめた島原の乱。
優美にして堅固。
 かつては日暮城とまで讃えられた原城。
いま、古城のほとりに立って、往時をしのべば、うたた、感慨無量。

 信仰に生き抜いた、殉難者の、みたまに対し、限りない敬意と、
哀悼の念を禁じえない。
 ここに、三百二十年祭を記念して、信徒、幕府両軍戦死者のみたまを
慰め、遺跡を、顕彰する次第である。
昭和三十二年五月二十五日
長崎県知事 西岡 竹次郎

この翌年在任中67歳で死去

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